修理の歴史

Cultural Property 1

文化財とは何か?

文化財があるからこそ、文化は存在している

文化財の保存修理の前に、日本の文化を語る中で文化財とはどういう意味を持っているのか、まずそれをきちんと理解する必要があります。よく人に言うのですが、文化財が仮に存在しなかったら---------何かで消滅し、伝わってこなかったらと想像してみてください。例えば源氏物語がなかったら、後世の文学や絵画、工芸、芸能に影響を与え、日本独自の文化の形成を担った「源氏物語文化」が存在しないということになります。日本の伝統文化の存在を、水や空気のように当たり前のものとして接している人がほとんどですが、「文化財があるからこそ、文化は存在している」ことを認識してほしいのです。文化を語り歴史を語ることができるのは、現在に文化財が伝わっているから。つまり、文化財は日本文化の根幹であり、だからわれわれは文化財を護り、継承していかなければなりません。文化財を保護することの意義はそこにあります。

Cultural Property 2

文化財保存の重要性

戦慄を覚える、廃仏毀釈の実態

無数の仏像が首や手足をもぎ取られ、悲惨な姿で無造作にかき集められている写真。一体これは何事が起きていたのでしょうか。それはどう見ても火災などの大きな災害の爪痕といった状況ではありません。明らかに人為的な被害であり、この光景がわが国で起こった出来事なのだろうかと一瞬目を疑いたくなるほど信じがたい光景です。

明治維新直後から日本国内で嵐のように吹き荒れた社会現象。廃仏毀釈。

明治維新直後から日本国内で嵐のように吹き荒れた社会現象。廃仏毀釈。

これは紛れもなく明治維新直後から日本国内で嵐のように吹き荒れた社会現象の一コマです。神仏分離令とか廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)といった言葉は歴史でも習っていますが、その実態がこうした結末を招いていたことを知り、ある種の戦慄(せんりつ)すら感じさせます。これに更(さら)に文明開化の嵐が襲いかかります。かけがえのない文化に対し人間が敬意と関心を失うと、その波及は際限を知らず、今では日本の伝統文化の象徴のようにして輝きを放っている奈良興福寺の五重塔が25円で、 姫路城が100円で、彦根城が700円で売りに出されるという事態にまで発展してしまいました。幸い取り壊しにそれ以上の経費がかかるということで中止になったり、救済に心血を注ぐ人物が現れたりして、いずれも破壊は免れたものの、人間の無関心が引き起こす結果には空恐ろしいものがあります。これはごく一部の例に過ぎません。丁度その頃、明治政府は欧米から多くのお雇い外国人を招き入れていましたが、彼らの目にもこうした光景は異様に映ったらしく、例えば明治天皇の侍医を勤めていたドイツ人ヴェルツなどは、日本人はどうしてこんなにも易々(やすやす)と自らの伝統文化を放棄してしまうのだろうと嘆き、驚きもしていたそうです。

明治28年に創建された帝国京都博物館(現京都国立博物館本館)。

明治28年に創建された帝国京都博物館
(現京都国立博物館本館)。

一方、日本の伝統というものは絶やしてはならない、そのためにも文化財を守ろうという動きも活発化し、危機的な文化財を何とかして保存し、一般の人々に伝えていくことを使命として、帝国京都博物館(現京都国立博物館)が明治30(1897)年に創設されました。以来116年、京都国立博物館では京文化の根幹を形成している様々な文化財を収集・保管しております。

Cultural Property 3

なぜ、修理が必要なのか?

文化財は常に失われてしまう危険性と隣り合わせ

博物館や美術館に並ぶ作品や、社寺などで大事に保管されてきた作品には、長い年月を経て伝えられてきたものが少なくありません。作品が制作された時から今日までの長い間には、きっといろいろなことがあったに違いありません。日本の歴史をひもとけば、日本全国いたるところに戦乱の記録があります。火事も頻繁に起こりました。また、明治維新後には、廃仏毀釈というような不幸な事態もありました。しかも、このような人為的な災害ばかりではありません。日本は自然災害の多い国です。地震、津波、火山の噴火、水害、土砂崩れなどなど、様々な災害に常に晒されていきています。そんな状況の中で、千年以上の長い間生き抜いてきた作品が文化財として今でも多数存在していることに驚きを禁じえません。

しかし、ここで忘れてはいけないことが一つあります。日本の文化財を構成する材料の基本は、紙、木、絹などであり、比較的弱い素材です。このような材料は、長い間にどうしても自然劣化します。例えば、国宝や重要文化財に指定し、この文化財は国で守りますと言っても、材料の自然劣化を止めることはできません。そのための対策の1つが修理なのです。作品の状態に合わせて、ある程度の周期で修理を加えることで、自然劣化を少しでも遅らせることをめざすわけです。実は、千年以上の長い年月生き抜いてきた文化財は、かつて何らかの修理の手を経ているものがほとんどです。修理の歴史はとても古いのです。必要な修理を繰り返すことで文化財は守られ、何代にもわたって大事に伝えられてきたわけです。現代に生きるわれわれも、この伝統を重んじ、さらにわれわれの次の世代に伝える努力をしなければならないのです。

修理の現場

Repair 1

我が国初の
文化財修理施設
の誕生

京都国立博物館では設立以来、社寺に伝来してきた名宝の寄託を多数受けています。また、京都文化に関する美術・考古資料をはじめとする文化財の購入及び寄贈によって、収蔵品は年々増加しています。こうした文化財を後世に伝えるためには、適切な修理や保存処置を施す必要があります。昭和55年には日本で最初の総合的文化財修理専用施設として、文化財保存修理所が業務を開始しました。修理所三十年の歴史の中で、彫刻と絵画を中心に、すでに四千件を超える作品の修理を行ってきています。

昭和55年に誕生した日本初の文化財修理施設

昭和55年に誕生した日本初の文化財修理施設

修理や保存処置をしている様子

修理や保存処置をしている様子

Repair 2

「修理の世界」を一部ご紹介

日本美術を「修理の側面」から見てみると、
美術鑑賞の楽しさも増してきます。

〈文化財の修理作業〉
作品の状況を読み取り、最良の方法で修理を施します。
尾形光琳筆 紙本墨画 竹虎図(18世紀 江戸時代)(京都国立博物館蔵)の
修理作業を見てみましょう。

Repair 3

京都全体の“修理所”として

京都国立博物館内に留まらず、
和の聖地“KYOTO”の文化財を影から支えています。

三十三間堂「千手観音像」の修理風景

三十三間堂「千手観音像」の修理風景

修理や保存処置をしている様子

漆泊の剥離止め。漆箔層の
浮き上がっている部分に、
注射器で合成樹脂を注入。

『美を伝える―
京都国立博物館文化財保存修理所の現場から』のご紹介

本書は、文化財保護法施行60周年記念事業として、2010年5月に京都国立博物館で開催されたシンポジウム『美を伝える』をもとに出版されたものです。国宝や重要文化財などの修理がどのように行われているのかを紹介。文化財の修理は、目立たないようにするのが通例ですが、一点ずつの作品解説とともに、調査・修理方針・修理工程を一般の方にもわかりやすい言葉で解説しています。